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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2972号 判決

原告 原電気株式会社

被告 株式会社東洋軒

主文

被告は原告に対し金六十万円を支払へ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  訴外亡原紫郎は昭和二十九年夏頃被告会社に対し金六十万円を弁済期同年七月十五、六日と定めて貸付け、

(二)  その際被告会社常務取締役金子総人は被告会社を代表して、右借用金支払のため、訴外株式会社八十二銀行東京支店を支払人とする金額六十万円、振出地東京都中央区とした外、支払人の肩書として東京都中央区京橋二(新光ビル)と記載した持参人払式一般線引小切手一通を振出し、前示原紫郎に交付した。

(三)  原告は昭和二十九年七月十日頃原紫郎より被告会社に対する前述の貸金債権を譲受けると共に(二)の小切手の交付譲渡を受けたが

(四)  被告会社代表者金子総人は昭和二十九年七月十五、六日頃、原告代理人河西芳郎より右債権譲受の事実を告げられ、右譲受を承諾した。

(五)  その後原告は前述の金子総人より懇請により右譲受債権の弁済期を延期し右延期に相応して小切手の書替がなされたが、

(六)  その後更に昭和二十九年八月二日原告代理人河西芳郎と被告会社を代表する金子総人との間に前示債権の弁済期を同年八月三十一日に延期することを約し、同時に原告代理人河西は申告を代表する金子総人より振出日を昭和二十九年八月三十一日とした外(二)と同一の小切手一通の振出を受け、原告は現に右小切手の所持人である。

(七)  そこで原告は訴外株式会社東京都民銀行の手を通じて右小切手金取立のため、昭和二十九年九月七日手形交換所に右小切手を一担呈示したが、金子総人の懇請により小切手を前示銀行より取戻した。

以上の次第で原告は小切手について遡求権行使に必要とされる法定の手続を履践するには至らなかつたけれども振出人の要請により履践しなかつた場合には遡求権を行使できるものと信ずるので、被告に対し

第一に小切手金の償還として金六十万円の支払を求め、右請求が理由がないときは

第二に譲受債権の弁済として金六十万円の支払を求め、右請求もまた理由がないとされるときは

第三に小切手金の遡求遡は手続の欠缺により消滅したものとして右小切手はすでに述べた通り被告において借用金の支払のため振出されたもので、遡及権の消滅により小切手金額に相当する利益を得たわけであるから利得償還として金六十万円の支払を求めるものであると述べ、

立証として甲第一乃至第三号証を提出し証人河西芳郎、小口良治の各証言を援用し乙第一号証の成立は認めると述べた。

被告は原告の請求を棄却するとの判決を求め原告主張事実中

(一)の事実は否認する。尤も被告は昭和二十四年八月下旬金二十万円、昭和二十五年十一月頃金四十万円、以上合計金六十万円を訴訟亡原紫郎から返還期を定めないで寄託を受けたことはある。

(二)のうち被告会社常務取締役金子総人が被告会社を代表して原告主張の小切手を振出したこととは認めるが右小切手が借用金支払のため振出されたとの点は否認する。

(三)の事実は争ふ。

(四)の事実は否認する。

(五)のうち小切手書替の点は認めるが右は原紫郎の代理人河西芳郎の要請によるものである。

(六)のうち被告を代表して金子総人が原告主張の小切手を振出したことは認めるが、右振出は原紫郎代理人河西芳郎との話合によるものである。

(七)のうち小切手が原告主張の銀行の手を通して小切手金取立のため呈示され、又右小切手が銀行より取戻されたとの点は不知

と述べ、

立証として乙第一号証を提出し、甲第一第二号証の成立は何れもこれを認めると述べた。

理由

原告主張の(一)の事実に関して被告が自陳する訴外亡原紫郎より二回に亘り合計金六十万円を受領したとの事実、(二)のうち被告会社常務取締役金子総人が被告会社を代表して原告主張の小切手を振出したとの本件当事者間に争のない事実、(五)のうち右小切手を書替へたとの当事者間に争のない事実、(六)のうち被告を代表して金子総人が原告主張の小切手を振出したとの被告の認める事実、成立に争のない甲第一、第二号証、並に証人河西芳郎、小口良治の各証言を綜合すれば被告会社は予ねて訴外亡原紫郎より二回に亘り合計金六十万円を借受け、その支払に代へ金額合計六十万円の昭和二十九年七月十一日を振出日とする小切手二通を原紫郎に対し振出していたところ原紫郎は同月十二日頃自殺を企て、未遂に終つたが、入院加療のため費用を要するので同月十五日、六日頃訴外河西芳郎を代理人として被告会社常務取締役金子総人に対し右小切手金の支払を求めさせたけれども、被告会社は支払ふことができないで、支払延期の目的で右二通の小切手金の支払に代へて振出日附を同年七月三十日とする金額六十万円の小切手一通を河西に交付したこと、並に原紫郎は予ねて原告に対し金三十五万円の借用金債務を負担していたが、前示入院加療の費用が必要なところから、原告に対し右小切手を額面額で譲受けて貰い度いと申出たので、原告は右申出を承諾し、額面六十万円のうち、三十五万円は、前示債権の弁済に充当し、残余の二十五万円を数回に亘つて原紫郎に支払ひ、小切手の交付譲渡を受け、従前原紫郎の代理をしていた河西芳郎を原告の代理人として上叙金子総人に小切手譲受の事実を告知させ、同時にその小切手金の支払を求めさせたところ、金子総人は被告会社を代表して原告代理人河西芳郎に対しその小切手譲受を承認すると共に、支払の延期を求め右小切手に対する支払に代へ、振出日附を昭和二十九年八月三十一日とした外原告主張の(二)の小切手と同様(甲第一号証)の小切手を振出して、河西に交付したので、原告は、その取引銀行である訴外株式会社東京都民銀行の手を通じて小切手金取立のため昭和二十九年九月七日手形交換所に右小切手を呈示したが、金子総人より支払猶予の懇請を受け右小切手を取立を委任した前述の銀行より取戻して了ひ、結局支払人の支払拒絶宣言乃至、支払拒絶証書の作成を見るに至らなかつた事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。尤も証人河西芳郎、小口良治の各証言よりして真正に成立したと認められる甲第三号証には小切手は原紫郎の権利に属する旨の記載があるけれども、右甲第三号証は原紫郎が自殺を企てた当時遺言として記載したものであることも右各証言により明らであるから当時は原告において小切手を譲受ける以前のことであり、甲第三号証は前段認定に何等の支障となるものではない。

ところですでに認定した事実によれば原告は昭和二十九年八月三十一日を振出日附とする金六十万円の小切手の正当な所持人として小切手の権利者ではあるが、法定期間内に作成された支払人の支払拒絶宣言も得ていないし、支払拒絶証書もないことは原告の自陳するところであるから、小切手振出人に対する通常の償還請求権(遡求権)は行使できない。原告は振出人の要請により右証書等の作成手続を履践しなかつたことを理由としてかかる場合には償還を求め得るものと主張する。成る程、右手続の履践しないことを要請し又その要請を受けた当事者間においてだけ、右手続の履践を免除することは実害がないように見えるが、具体的場合に妥当すると言ふ一事だけで肯認することはできない。小切手法はその第四十二条において小切手の振出人が支払拒絶証書又はこれと同一の効力を有する支払人の支払拒絶宣言の作成義務を免除し得ることを規定すると共にその義務の免除は証券に記載することを要する旨を規定し、他方その記載あるときは、法定期間内に小切手の呈示がないと主張するものにその主張事実を立証すべきものとしている。その法意は支払のための呈示の有無に関する争を形式審査のみで劃一的に容易に判断し得るようにし、小切手取引の確実と迅速とを可能ならしめることを意図したものであり、従つて一見過度とも思われる形式性を尊重しているのである。

本件において振出人である被告が前示法条による支払拒絶証書又はこれと同一の効力を有する支払拒絶宣言を作成する義務を免除している事実は原告の主張立証しないところであるから、たとへ被告の要請により右各証書の作成手続をしなかつたとしても、償還請求に必要な要件を充たしていないことに変りはないので、通常の償還請求を理由とする原告の請求は失当である。

次に原告は本件小切手は、元来は原紫郎から被告が借用した金六十万円の支払のために振出されたものであり、原告は原紫郎より小切手と共に右貸金債権を譲受けたものであるから右譲受債権六十万円の支払を求める旨主張するけれども、すでに認定した通り、本件小切手の書換前の当初の小切手は被告において原紫郎から借受けた借用金支払に代へて振出されたもので、(原紫郎は右小切手の所持人として以外に債権者として行動した形跡はない)支払のために振出されたものではなく、貸金債権は小切手の振出により消滅に帰しているものと言ふべく、従つて右消滅した債権の譲受を前提とする原告の請求も理由がない。

けれども右の如く本件小切手は借用金の支払に代へて振出された小切手が書換へられたものであり、しかも右小切手上の償還請求権がすでに判示した通り手続の欠缺により消滅しているので、これにより被告が小切手金額に相当する利益を受けたことは明であるから、その利得の償還として金六十万円の支払を求める原告の請求は正当であつて、認容さるべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

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